2009年06月21日

医療に大きく寄与することが期待されている

バーチャル顕微鏡は病理診断のあり方を劇的に変え、医療に大きく寄与することが期待されている。テレパソロジーが盛んな欧米ではデジタル顕微鏡が普及しているが、日本では導入が遅れているといわれている。日本の病理医の画質へのこだわりや病理診断精度の考え方が欧米と異なるためでもあると考えられる。利点も多いので、バーチャル顕微鏡の品質向上やディスプレイでの観察にこだわらない世代の出現等により、バーチャル顕微鏡は導入が進むと考えられる。

遠隔迅速病理診断 [編集]
手術中に摘出された病変組織の迅速病理標本を遠隔地から病理医が診断することにより、病理医が不在の病院での術中迅速病理診断が可能になる。たとえば胃癌の内視鏡手術はリンパ節転移有無評価に迅速診断は欠かせないとされるが、遠隔迅速病理診断によって、病理医不在病院(100-200床の中小病院等)での早期胃癌等の内視鏡手術が可能になろう。バーチャル顕微鏡は医療費削減にも寄与することが期待される。

バーチャル顕微鏡が遠隔迅速病理診断に活用された有名な例としては、岩手医科大学臨床病理の中村眞一教授(現在は退職)によって岩手県立久慈病院と岩手医科大学間で始めたのが最初の例である。ストレスのない診断が可能だという。

病気・病変の説明 [編集]
従来は患者の病理検査は報告書によって説明がなされていたが、バーチャル顕微鏡を用いると、患者の病変の顕微鏡像をディスプレイに映して説明することができる。

乳癌の組織像を患者自身がディスプレイで観察することができる。患者は病理の専門家ではないので組織所見の正確な理解には達しないかもしれないが、自身の癌細胞を見せてもらうことは重要であろう。場合によっては自身のデジタル病理画像コピー(DVD等)を入手して病理診断科の病理専門医に病変の説明を求め、納得することも可能である。 院内において、電子カルテとリンクし、病変の説明を行う目的で活用された最初の例としては、富山市民病院の齋藤勝彦病理科部長によって最初に実施された例である。院内では非常に好評だという。
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病理診断科での利用 [編集]
病理診断科(2008年4月の医療法改定により病理診断科が標榜診療科)の病理専門医が診断困難例や特殊・稀少病変等について、デジタル画像を用いて、迅速にスペシャリティー領域の病理医に病理診断の確認・裏づけをとることが容易になる。従来はガラススライドを専門家に輸送しており、日数を要していた。デジタル画像によって病理診断がより早くなることは患者にとって病理結果を待つまでの不安な時間がより短くなるということである。

病理教育・診断標準化 [編集]
医学部病理学教室等では、病理実習において、従来の光学顕微鏡を用いてガラススライドを観察するのではなく、バーチャル顕微鏡のデジタル画像をディスプレイ上で観察することも多くなった。学生には好評という。

また病理医や臨床医が病気について病変(病理組織)を学ぶ際に、バーチャル顕微鏡のデジタル画像を用いることも計画されており、病理診断の質的向上や、病理診断科と他の診療科を交えた診断の標準化などがいっそう進むと期待されている。

2009年06月02日

太刀の時代

平安時代後期、特に武家勢力が活発になった前九年の役や後三年の役あたりから武家の勢力が増大し、これに伴い太刀が発達し、通常これ以降の物を日本刀とする。良質な砂鉄がとれる雲伯国境地域や備前国と、政治文化の中心である山城国・大和国などに刀工の各流派が現れてきた。このころの日本刀は馬上決戦を中心に考えられた太刀が主体である。源頼光が大江山の酒呑童子を斬ったとされる「童子切」(伯耆国の安綱作、国宝)やキツネに合鎚を打たせたという伝説のある「小狐丸」(山城国の三条宗近作、第二次大戦時に焼失)などがこの時期を代表する日本刀である。「童子切」の作者である雲伯国境の安綱は古伝書には時代を9世紀初めの大同年間(806年頃)とするが、現存作品を見る限りそこまで時代は上がらず、平安中期、10世紀末頃と見るのが刀剣史では通説となっている。安綱のほか、山城(京)の三条小鍛冶宗近、古備前友成などが、現存在銘作のある最古の刀工とみなされる。

平安時代の太刀の特徴を以下に列記する。造り込みは鎬造り、庵棟(いおりむね)で、身幅(みはば)は総じて狭く、鋒(きっさき)が詰まって小切先となる。姿は腰から棟側にあたかも倒れるような姿をしており、反り高く、物打(ものうち)は反りが伏せごころ。踏ん張りのある(元幅に比べて先幅が狭くなっていく形)優美な姿をしている。刃文(はもん)は直刃(すぐは)または小丁子(こちょうじ)・小乱(こみだれ)が入っており、沸(にえ)出来である。焼幅はあまり広くなく、刃区(はまち)から少し先の方から刃文が始まっているものが多い。これは研ぎ減りの関係でもあるが、「焼き落とし」とも呼び、豊後国行平等、九州鍛治には後世でも見られる。茎(なかご)は反りがあり、雉股(きじもも)形が主流である。稀に元先の身幅(みはば)に差があまりない豪快な太刀も存在し、古備前派の包平の大包平(おおかねひら 東京国立博物館蔵)、真恒(さねつね 久能山東照宮蔵)、友成(ともなり 厳島神社蔵)、九州の三池光世(みいけみつよ)の大典太(おおでんた 前田育徳会蔵)が著名でいずれも国宝に指定されている。
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鎌倉時代初期の日本刀は平安時代末期とあまりかわらない姿をしているが、鎌倉幕府による武家政治の体制が確立し、刀剣界が活発になっていく。後鳥羽上皇は御番鍛冶を設置し、月ごとに刀工を召して鍛刀させ、上皇自らも焼刃を施したといわれ、積極的に作刀を奨励した。中でも備前の刀工則宗が有名である。この時期には山城国の粟田口派、備前国の一文字派が新たに興った。

鎌倉時代中期になると、実用性を重視した結果、身幅が広く元幅と先幅の差も少なくなり、平肉がよくついてくる。鋒は幅が広く長さが詰まって猪首(いくび)となり、質実剛健の気風がよくでている。この頃から短刀の制作が活発になり、作例がしばしば見うけられる。この時期の短刀の特徴としては、反りがないか、わずかに内反り(棟が研ぎ減ったと考えられている)になっており、茎は反りのないものと振袖形(ふりそでがた)がある。この時期の有名な刀工として、山城の粟田口派の国友、則国、国吉、吉光、国安、同国来派(らいは)の国行、来国俊、二字国俊(銘字を「来国俊」でなく単に「国俊」と切る)、大和国の当麻派「国行」、手掻派「包永」、保昌派、千住院派、備前国の福岡一文字派、少し遅れて吉岡一文字派、長船派の光忠、その子長光、備中国の青江貞次一派が存在する。

また、鎌倉幕府では、作刀研究推進のため、各地から名工を招聘した。主な刀工は、山城国から粟田口藤六左近国綱、備前国から福岡一文字派の助真、国宗派の国宗、京伝、大和伝の流れをくむ新藤五国光等と言われている。特に新藤五国光は、従来の山城伝伝統の精緻な地鉄の上に、大和伝に見られる沸働きの強い作風を確立し、事実上「相州伝」の祖と言われている。その弟子には行光、国広がおり、行光の弟子に越中則重、岡崎五郎入道正宗が知られている。備前伝が「匂出来」で知られる一方、相州伝は「沸出来」である

2009年04月30日

下代

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780年に武烈王の王統が絶えると王位継承の争いが激しくなり、王位纂奪や王都内での反乱が頻繁に発生する様になった。また骨品制により、新羅王族のみが上位官僚を占めるようになり官僚制度は行き詰まりを見せていた。この780年代から新羅滅亡までの期間を下代と呼ぶ。

この時代には、地方の村主や王都から地方に飛び出した王位継承に破れた王族や官僚らが軍事力を背景に勢力を伸ばし、新興の豪族として勃興した。そして、地方で頻繁に反乱を起こす様になる。822年には熊州で新羅王族の金憲昌が、825年には、その息子の金梵文が反乱を起こしているがいずれも鎮圧。841年には、清海鎮(全羅南道莞島)で張保皐が反乱を起こしたが、暗殺されている。しかしながら、これらの動揺は地域社会にも波及し、9世紀末には、農民の反乱や豪族の独立が頻発する。

その中でも有力な勢力であった農民出身の甄萱が892年に南西部に後百済を、新羅王族の弓裔が901年に北部に後高句麗を建て、後三国時代に入る。その中で後高句麗の武将であった王建が918年に弓裔を追放して建てた高麗が勢力を伸ばし、935年に最後の王・敬順王が君臣を挙げて高麗に帰順したことにより新羅は滅亡した。

2009年04月15日

タイファ

タイファ(スペイン語・ポルトガル語 Taifa)は、かつてイベリア半島に存在したイスラム教諸王国およびその君主を指す語。アラビア語で「分立している集団」「部族集団」などを意味するターイファ tā'ifa (複数形はタワーイフ tawā'if )に由来する名称で、「分立する諸王(朝)」ほどの意味である「ムルーク・アッタワーイフ」 mulūk al-tawā'if と呼ばれる。「ターイファ諸国」、「群小王朝」などとも訳される。1031年、後ウマイヤ朝が滅亡したあとに誕生した。

イベリア半島の歴史におけるタイファという語は、独立したムスリム支配の君主国、 首長国あるいは 小王国を指す。1031年、コルドバを首都とした後ウマイヤ朝が最終的に崩壊したあとに、イベリア半島(アンダルス)各地に建国された。

タイファの起源が後ウマイヤ朝の行政上の区分にあることはほぼ間違いない。また、後ウマイヤ朝のエリートの民族区分にも起源を持つ。アラブ人(力はあったが少数派であった)、ベルベル人、イベリア半島のイスラム教徒(ムラディとして知られる)、そしてサカリーバ(ヨーロッパ人奴隷)である。

タイファ諸国は11世紀末から12世紀はじめにムラービト朝によって征服されたが、12世紀なかばにムラービト朝が衰えると再びタイファ諸国が分立した。

11世紀および12世紀半ばのタイファ諸国の全盛期には、タイファのアミールたちは互いに競い合った。軍事面だけでなく、名声も競争の対象であり、有名な詩人や芸術家を迎え入れようとした。

半島北部のキリスト教諸王国はしばしば後ウマイヤ朝のカリフに貢物を贈っていたが、後ウマイヤ朝が滅亡すると立場が逆転した。分裂したタイファ諸国はキリスト教諸国よりも劣勢となり、カスティーリャ・レオン王国などにパリアと呼ばれる貢物を納めて臣従した。

軍事力の弱体化によって、タイファの君主はキリスト教諸国と戦うために二度にわたって北アフリカ(マグリブ)の軍勢に頼った。1085年のトレドの陥落後にはムラービト朝の軍勢に頼り、 1147年のリスボンの陥落の際にはムワッヒド朝に頼っている。しかし、これらのマグリブのイスラム新勢力は、タイファ諸国を助けるよりも、彼らの版図にタイファ諸国を組み入れて支配した。

タイファ諸国は、隣国と戦うためにしばしばキリスト教徒の傭兵を雇った。エル・シドが有名な例として挙げられる。

大きなタイファは次のとおり。

セビリア:ムラービト朝の侵略を受けるまでは、最も栄えたタイファ国で周辺諸国を征服していった。
サラゴサ:この国もまた大変強盛であったがピレネー山脈のキリスト教国と隣接していた。
グラナダ
トレド:1085年にカスティーリャ王国に征服された。
バダホス
デニア
サラゴサ、トレド、バドホスは、もともと後ウマイヤ朝の国境警備軍の管轄区であった。

主なタイファ諸王朝 [編集]
アフタス朝 banū Afṭas(バダホス王国) 1022 - 1094年
ズンヌーン朝banū Dhī al-Nūn(トレド王国) 1018 - 1085年
アーbanū ‘Āmir (バレンシア王国) 1021 - 1066年
アッバード朝 banū ‘Abbād (セビーリャ王国) 1023? - 1091年
トゥジービー朝 banū Tujībī (サラゴサ王国) 1018 - 1039年(→フード朝の支配下に banū Hūd (サラゴサ王国es:Taifa de Saraqusta) 1039 - 1110年
ズィーリー朝 banū Zīrī (グラナダ王国;チュニジアのズィール朝の類縁) 1012 - 1090年
ジュフール朝 banu Juhūr (コルドバ王国) 1031 - 1069年 (→アッバード朝の支配下に)

恋人の色 ビーチ オーデコ ダチョウ 夢の恋路 ドゥーム プライマー ばんどう エブロ 黄昏ワル てっぷ フォロ フィラ チジン やはぎ ファイ ルソー フレンド アンラ イーシ フォークタ すずりいし らいち 夢待人 四季彩 日本の島々 真珠 デレヨイ ツーリスト オブソリ トーキ きがん サガ スクアレ スイムタル オーバル タージ ヒュッテ ミニホ ラーキー オービス スカフェ タイム イメージ ロボール 愛の ロンドン スターム ライブラリー マゼラ

2009年03月31日

照國萬藏

照國 萬藏(てるくに まんぞう、1919年1月10日 - 1977年3月20日)は、大相撲の第38代横綱。秋田県雄勝郡秋ノ宮村(のち雄勝町、現・湯沢市)出身。本名は菅 萬藏(のちに大野 萬藏)。全盛期の体格は173cm、161kg。

大鵬幸喜登場以前に多くの最年少記録を書き換えた名横綱である。農家に生まれ、秋ノ宮第一尋常小学校卒業後、家業を手伝う。怪童として評判を取っていた頃、大相撲の巡業を見物したことがきっかけで入門する。1935年(昭和10年)1月場所初土俵。

四股名は同郷で同部屋の國光を逆にしたのが元であるという。最初はなかなか番付が上がらず苦労していたが、兄弟子にエビオスの服用を勧められてから強くなったらしい。それからは師匠伊勢ヶ濵と兄弟子幡瀬川の指導で順調に出世した。

入門後しばらく同じ秋田県出身の清美川とともに幡瀬川の家に住み、のちに幡瀬川の養子となるが、その幡瀬川は「照国は私の最高の芸術作品だよ」と周囲に語ったという。照國は清瀬川の縁戚だったことから、養子縁組を聞いた清瀬川は激怒したと伝わる。

新入幕~横綱 [編集]
1939年(昭和14年)5月場所で新入幕、11勝4敗の好成績で注目される。翌場所横綱男女ノ川から金星を奪い12勝3敗、入幕から僅か所要2場所で小結を飛び越して関脇になった。それから3場所を11勝4敗、12勝3敗、13勝2敗で大関に昇進した。新大関でも12勝3敗の好成績を上げた。

大関2場所目となった1942年(昭和17年)5月場所、この場所の番付を見た照國は仰天した。それまで双葉山と同じ片屋にいたがこの場所は反対側に回されていた。本人いわく「こっちに回ったら双葉山に勝たないと横綱にはなれない、でも自分には到底勝てそうにない」ということだったらしいが14日目、その双葉山を掬い投げで倒して12勝2敗、番付上位優勝の時代であり千秋楽を迎えた時点で張出大関の照國に優勝の可能性はもうなかった。

結局1敗の正位大関安藝ノ海と2敗の横綱双葉山の対戦で優勝が決まることになり双葉山が勝って両者13勝2敗となり双葉山の優勝、照國は前田山を倒して13勝2敗、安藝ノ海と照國は優勝同点。ここまで照國に優勝経験はないが成績の安定と双葉山を倒した星が買われて事実上の優勝者と判定されたのか場所後安藝ノ海と同時に横綱に昇進し、最年少横綱の記録を更新した。当時はまだ優勝決定戦がなく同点者は番付上位が優勝の時代、こういう考え方は過去にも多く存在した。

新横綱の場所、双葉山に負けて14勝1敗、双葉山が全勝のため惜しくも初優勝を逸する。その後も成績は安定しているが折しも第二次大戦による食糧事情の悪化に加え敗戦による影響もあって体重が激減したり糖尿病や左肩・左膝等の故障が多発し、優勝はなかなかできなかった。

それでも1950年(昭和25年)9月場所、13勝2敗で関脇吉葉山との決定戦を制して悲願の初優勝、翌1951年(昭和26年)1月場所には全勝優勝、この連覇により「優勝なき横綱」の汚名を返上した。

1951年(昭和26年)1月場所の全勝優勝は優勝額復活第1号を飾ることになった。この時賜杯を抱き優勝額(全勝額)をバックに撮影された写真が現存する。その後は良かったほうの右膝が故障して優勝はなかったが最後まで成績の安定は変わらなかった。15日皆勤すれば10勝できない場所など1度もなかったというのはそうそう真似のできるものではなく、10勝5敗でさえ晩年に2度(うち1度は千秋楽不戦敗)記録したのみで後は11勝以上している。見方によっては戦争の影響で15日の本場所を打てない時期と不調の時期が重なったと言えなくもない。1953年(昭和28年)1月場所、糖尿病の悪化に胃潰瘍が加わり、3日目から休場。14日目に引退を表明した。

幕内勝率は当時の横綱陣(35代双葉山から41代千代の山)の中でも7割4分9厘と双葉山と羽黒山に次ぐ3位の成績。優勝回数は力士の強さを表すのによく用いられる指標だが、照國はその数字よりずっと強かったことは誰しも認めざるを得ないと思われる。

照國は人気も高かったがそれを表すものの中にあだ名の多さがある。ただし中には嬉しくないものもあった。その1つとして「ゆるふん」がある。取組の最中にまわしが緩みやすいことからつけられたのだがそれでも本人曰くよく締まるように水の含ませ方にも注意してきつく締めているのだという。また、現役時代に、漫画サザエさんで当時の横綱として描かれたことがあった。

年寄として [編集]
引退後は年寄荒磯を襲名、同時に師匠から全弟子を譲り受けて荒磯部屋の看板を掲げ、師匠の停年後は伊勢ヶ濱の名跡ももらいうけ、伊勢ヶ濱部屋を経営した。稽古土俵を2面設けるなどの新しい方式を打ち出すなど、部屋の興隆に尽くし、また郷里秋田県を中心にスカウト活動も広げ、秋田県出身の大関清國、関脇開隆山を始めとして何人もの幕内力士を育てた。日本相撲協会理事としても、長く大阪場所部長をつとめた。

1977年(昭和52年)3月20日に、急性心筋梗塞により急逝。享年59(満58歳没)。

取り口 [編集]
相撲人形のような色白の巨体が徐々に赤みをさしていく様とリズミカルな取り口から「桜色の音楽」と呼ばれた。太鼓腹が土俵につきそうなほどに低い平蜘蛛型の仕切りからの突き押しと出足は双葉山でも捌くのに苦労した程で、対双葉山戦3勝2敗という対戦成績にも現れている。双葉山が若い頃の第一人者で、双葉山が横綱免許を獲得した翌年に亡くなった玉錦と、横綱時代は休場ばかりだった武藏山を除けばただ1人双葉山に勝ち越した力士である。

双葉山が横綱になってから3回負けたのも横綱同士の対戦で負けたのも彼だけだった。重心が低く足腰が柔らかく、下手に吊り上げたりすれば43貫(161kg)の体重が相手に被さり押し潰されてしまったという。もし戦前から三賞があれば大関になるまでの5場所中3~4場所は間違いなく受賞していたことだろう。ただし羽黒山には少々分が悪かったらしい。

照國が肥満体になったのは三段目の頃に心臓病を患い、医師から激しい稽古を止められたためとも言われている。
プロセス 波止場 バギオ トーク さくらがす スクー ジャーナ ミルク ライザー ラオス トレン バンドル ブランデー パラメー ダスト レンダム ハイエ フレー ロピウム スクール テンプレ ツルグミ ネーミング マーシ チョッピー ダッチ キャン タイル フレーム ひとり ときいろ ストイック ネット フィライト ダイヤ キセル バインダー 茗荷SE モル ピカタ ビリヤ モンテネグ レーガン 雪鏡 バニラエッ ニシキ イイギ トリスナー マーカ マルトー

主な成績 [編集]
幕内在位:32場所(関脇3場所、大関2場所、横綱25場所)
幕内通算成績:271勝91敗74休 勝率.749
横綱通算成績:187勝70敗74休 勝率.728
幕内最高優勝:2回(全勝1回)
金星: 1個(男女ノ川)

2009年03月17日

塔頭の筆頭である一乗院は

一乗院宮 [編集]
塔頭の筆頭である一乗院は、はじめ近衛家の子弟が門主をつとめる摂家門跡であったが、江戸初期以降は皇族が門主をつとめる宮門跡となった(幕末には再び近衛家の子弟が門跡となる)。諸大夫とよばれる一乗院宮家専属の家司(家来)もおり、宮家とよんでも差し支えのないものであった。

また邸宅は奈良だけではなく、京都今出川の桂宮邸と御所の間に「南都一乗院宮御里房」とよばれる京屋敷を持っていた。

一乗院宮家歴代 [編集]
尊覚親王・・・後陽成天皇皇子
真敬親王・・・後水尾天皇皇子
尊賞親王・・・霊元天皇皇子
尊映親王・・・京極宮家仁親王王子
尊誠親王・・・伏見宮貞敬親王王子
尊常親王・・・伏見宮貞敬親王王子

一乗院門跡 [編集]
応昭・・・近衛忠煕の子で最後の一乗院門跡

大乗院門跡 [編集]
九条家などの子弟が歴代の門主をつとめた。

隆芳・・・九条尚忠の子で最後の大乗院門跡
プロリン テルロー アンモラル スピーカー スポー ピレア シュプレ かきいろ セル シニシズム ライン マードル モニター バイプロ アテネ まさば シッピン チェリモ マウシッ ヒース シャガ 甘い予感 ムギワ 国内トド ハッタン しわひめ フォント マシーン あさにじ マキャ オポッ テラス パクチ ライオン マトンポ ギャロップ ワンマ ローカ ハイグレー カードサ コロロ ストッパ スラッジ トランク セコハン シロダモ ミップス ケチャ ヒサカキ レビトラ

伽藍と文化財
かつての興福寺には中金堂(ちゅうこんどう)、東金堂(とうこんどう)、西金堂(さいこんどう)の3つの金堂があり、それぞれに多くの仏像が安置されていた。寺の中心部には南から北に南大門、中門、中金堂、講堂が一直線に並び、境内東側には南から五重塔、東金堂、食堂(じきどう)が、境内西側には南から南円堂、西金堂、北円堂が建っていた。この他、境内南西隅の一段低い土地に三重塔が、境内南東部には大湯屋がそれぞれ建てられた。これらの堂宇は、創建以来たびたび火災に見舞われ、焼失と再建を繰り返してきた。明治期以降、興福寺の境内は奈良公園の一部と化し、寺域を区切っていた塀や南大門もなくなり、天平時代の整然とした伽藍配置を想像することは困難になっている。

中金堂 [編集]
中金堂は藤原鎌足発願の釈迦三尊像を安置するための、寺の中心的な堂として和銅3年(710年)の平城京遷都直後に造営が始められたと推定される。のちに東金堂・西金堂が建てられてからは中金堂と呼ばれている。創建以来たびたび焼失と再建を繰り返したが、江戸時代の享保2年(1717年)の火災による焼失後は1世紀以上再建されず、文政2年(1819年)、篤志家の寄付によってようやく再建された。この文政再建の堂は仮堂で、規模も従前の堂より一回り小さかったが、興福寺国宝館の開館(1959年)までは、高さ5.2メートルの千手観音像をはじめ、多くの仏像を堂内に安置していた。また、朱色に塗られていたため「赤堂」として親しまれていた。あくまで仮の堂として建てられたため、長年の使用に不向きであるものの安価なマツ材が使用されており、経年による雨漏りがひどくなり1974年に中金堂裏側に仮金堂(奈良・薬師寺の旧金堂を移築したもの)が建てられ、本尊などはそちらに移された。文政再建の仮堂の中金堂は老朽化のため移築再利用も不可能と判断され、一部の再利用できる木材を残して2000年に解体されている。なお、創建1,300年の2010年完成をめざし、創建当初の姿を再現した新・中金堂の建設と境内の整備が進められている。

仮金堂内には興福寺の本尊である釈迦如来坐像(江戸時代の再興)のほか、以下の諸仏を安置する。

木造薬王菩薩・薬上菩薩立像(重文)-像高3.6メートルの巨像。現在は中金堂本尊釈迦如来像の両脇に安置されるが、本来は廃絶した西金堂本尊・釈迦如来像の脇侍として、鎌倉時代の建仁2年(1202年)造立されたもの。
木造四天王立像(重文)-もと南円堂にあったもの。鎌倉時代、運慶の父・康慶一門の作。

2009年03月01日

トランスフォーマー スターゲート戦役

二十世紀終り、セイバートロン星からの機械生命体サイバトロンは人類と同盟を結び、その友好の架け橋として大型転送ゲート・トリガーの開発が行われていた。しかしそのゲートを狙わんとするデストロンも密かに暗躍をしていた。そしてもうひとつの影も・・・・・・。

サイバトロン
コンボイ
サイバトロンを統べる総司令官。フレートライナーCOEをモチーフとしたトレーラーのキャブ部分に変形する。
最終話のスタースクリームの反乱ではデストロン軍と共闘。最後はガンモードに変形したメガトロンに自身のエネルギーを注ぎ込み、スタースクリームにトドメを刺した。
ホイルジャック
ラチェット
バンブル
マイスター
アイアンハイド
オメガスプリーム
アダムス
ストリーク
ハウンド
ビーチコンバー
パーセプター
スカイファイヤー
トラックス
パワーグライド
C-X(シーエックス)
コミックオリジナル。アメリカ軍とサイバトロンの共同開発で完成したAI搭載型戦闘ロボット。デザインはコンボイに似せられ体格はコンボイの約1.5倍の全長となっている
プロトタイプの他、武装の異なる4機が作られたが、いずれも亡霊スタースクリームによって制御を乗っ取られている。

デストロン
メガトロン
デストロンを統べる破壊大帝。拳銃(ワルサーP38)に変形する。
最終話のスタースクリームの反乱の際にはサイバトロンと一時的に手を組み、スタースクリームにトドメさす際には、ガンモードに変形した自分をコンボイに使わせる。
ガルバトロン
未来のメガトロンがユニクロンの力により生まれ変わった姿。亡霊スタースクリームと現在のスタースクリームの会話で一コマだけ登場する。
スタースクリーム
デストロン軍団の航空参謀かつナンバー2を自称する野心家。F-15戦闘機に変形する。
亡霊スタースクリームに嗾けられて反乱を起し大量のエネルゴンを使いトリガーと融合。サイバトロンとデストロン両方に牙を向くも最後はコンボイのエネルギーを注がされたメガトロン・ガンモードの一撃で葬られたかと思われたが…。
余談だがアニメや玩具では顔は黒いが本作では何故か白い顔をしている。
亡霊スタースクリーム
未来の世界(ザ・ムービー)でガルバトロンに抹殺されたスタースクリームの幽霊。タイムスリップして現在のスタースクリームに未来の出来事を教え、彼を嗾けて反乱を起させる。
彼が介入した事で、現在のスタースクリームが自分の未来を知るというタイムパラドックスが起こっているが、ラストシーンの意味深なカットからこの後の展開も考えられていた可能性もある。
サウンドウェーブ
コンドル
フレンジー
ランブル
アストロトレイン
ブリッツウイング
リフレクター
ラムジェット
スラスト

人間
真(まこと)
トリガー建設作業員。デストロン襲撃により唯一の生き残りとなる。

トロフ
トリガー建設作業員。アメリカと敵対する国のスパイであり、密かにデストロンと密約を交わしていた。
まっち棒 きたみ ショートス バルト デンバー トスタチン チップ はじめて ばんか カラー ニュー ラジウム アドミラル プロフィット ネリカ スレッド 恋草子 ラッカー プレミア コリック サーフス ケード アサイン サーチ大潮 リンガ メイリオ オブラー ソクラ コサック からし菜 パラリ ゲバ上位 ヌーデン セルフレジ 草枕 トング 夢の果て ホソル びわ検 ひつじの涙 チャイ ナッツ パー 対策リマ ブラボ タイム ラングーン メキシコ ハクサンイ かいらん

アドル博士
C-X開発チームのチーフ。
カチュア
アドル博士の娘。サイバトロンの技術提供により義足移植を行った為、サイバトロン及びラチェットを崇拝している。

用語
トリガー
恒星間移動用ゲート。サイバトロンと地球人の共同で作り上げた拳銃型大型設備で、衛星軌道上に設置され、ワープゲートで大量の転送が可能。しかし、スタースクリームに乗っ取られてしまう。
トリガーII
トリカー破壊後に再建造される予定の2号機。
対デストロンセンサー
世界各国に設置されている探知装置。ただしデストロンと密約を交わしている国もあるため全てが動作しているわけではない。

2009年02月11日

グランド・セフト・オートIV

シリーズ第11作目となるフランチャイズ最新作の物語の舞台は自社技術のRAGEによって再構築された2008年のリバティーシティ。GTAIII、GTALCS、GTAAdv、GTASA、GTA(初代)でも登場した都市が舞台となる。主人公は旧ユーゴスラビア(現セルビアほか6ヶ国)出身の男性ニコライ・ベリック(通称ニコ・ベリック)[1]。

Take-Two Interactive社の第2四半期決算発表では、2008年5月31日時点での出荷本数は1100万本、累計販売本数は850万本に及んでいる。 ちなみに日本語版を含めると約870万本を超えている.
シャンツェ こせん スーフィ フォーミュ 枯葉の輪舞 ペーンイウ ハヤシライ テラー ミズナラ コード ナウル コメン すぎな 全国情報 黒皮かぼち バイオス 黄金魂 フィーン ハング 明日へ ダッカ がんばれ ダッキ ダーティ 首飾り ヌメア オンシー オーオー シンク フライシト ボヨール アングル モサド フローリス カーフス ハラン フラット りーすりん マテリア 八千代 えびす ストーン シイ人気 ゆうすい ジェション 優しい雨 ソフト ブロック アルジェ ウジュン

ストーリー
過去の出来事によりとても良いとは言えない人生を送っていた主人公ニコ・ベリック"Niko Bellic"は、リバティーシティにいる従兄弟のローマン"Roman"から度々メールや手紙を受けとっていた。スポーツカー、豪邸、女、金、アメリカンドリームの中で暮らしてる、そんなローマンの話を聞いたニコはリバティーシティでなら自分の暗い過去を捨ててやり直すことができるんじゃないかと思い、リバティーシティのローマンを訪れる。

しかし聞いていた話とは裏腹にローマンの生活は借金とトラブルまみれで、アメリカンドリームとはかけ離れた生活だった。ニコはそんなローマンと共に、本当にアメリカンドリームを実現し、リバティーシティで自分の過去を清算しようと動き始める。

舞台
GTAIVでは今まで出てきた舞台としてのリバティーシティから一新され、実際のニューヨークの地理に基づき4つの地域に分割されたリバティーシティが舞台となる。ブローカー"Broker"はブルックリン、デュークス"Dukes"はクイーンズ、ボーハン"Bohan"はブロンクス、アルゴンクイン"Algonquin"はマンハッタンに相当する。リバティーシティの西側に隣接する島はリバティーシティとは別の州として存在するオルダニー"Alderney"という地域であり、これはニューヨーク州に隣接する州ニュージャージーを元にしている。冒頭では島の間に架けられている橋はテロ対策により封鎖されているが、後にその封鎖は解除されプレイヤーは自由に街中を行き来できるようになる。

リバティーシティには多くのパロディが取り入れられており、地区名のホーヴ・ビーチ"Hove Beach"はブライトンビーチをモデルにし、名前の由来はイングランドにある地域ブライトン・アンド・ホーヴから来ている。またアルゴンクインとオルダニーを結ぶブーストンネル"Booth Tunnel"はリンカーン・トンネルをモデルにしており、名前は第16代アメリカ大統領のエイブラハム・リンカーンを暗殺したジョン・ウィルクス・ブースにちなんでいる。

登場人物
システム上の特徴
この節に雑多な内容が羅列されているので、本文として組み入れるか整理・除去する必要があります。このタグは2008年6月に貼付されました。

GTAIVは過去のシリーズ作と比べ、システム面でかなりの変更が加えられた。以下特徴的なものを記述する。

主人公操作における特徴
本作からGTAIIIと同じように指定されたセーフハウス(隠れ家)を転々とすることになる。
GTA、GTAIII、VCS、GTAAではポケベル、VC、SA、LCSでは大型の携帯電話であったが、本作ではより新しい携帯電話となり、ストーリー上重要なアイテムのひとつとなっている。通話などは自由に行える(もっとも殆ど留守電のことが多い。序盤はモノクロであるが、最近の携帯電話の機種だけに中盤からは一部ミッションで使用するカメラ搭載のフルカラー携帯になる)。着信メロディや画面テーマも変更でき、ゲーム内のパソコンからダウンロード可能になっている。又、チートコードも携帯から入力する形となっている。今作から公式にサポートされたマルチプレイモードも携帯電話の操作で行うようになっている
今回もデートが出来るようになっているが、一部ゲーム上のパソコンを使って出会い系サイトに繋ぐ必要がある
今回も服装装飾が出来るが、SAと比べると格段に減っている(ネクタイ付のスーツは上下セットである)。
体型の変化が無くなった。SAにあったトレーニングジムも無くなっており、特殊な格闘技も無い。
上記のスーツセットは、単品のズボンを所持していれば、セーフハウスでズボンだけ履き替えることが出来る。
体力が尽きた際にエフェクトが掛かり、モノクロになる。
車にはねられると吹き飛ばされる事があり、ダメージを受ける。また、走行中の車に少しでも接触したり、無理に奪おうとすると、転倒したり引きずられたりする。
ボウリング、ダーツ、ビリヤード、テトリスで遊べる。
セーフハウスでテレビを見ることが出来るようになった(ちなみにブラウン管と液晶テレビが存在する。放送のラインナップはアニメだったり通販番組だったりコメディだったり様々。中にはSAの映像が映っているものもある)。
今作から、歩行中に×を押さない限り、走るのではなく、歩行となる(歩行中×長押しで通常のスピードで走り、×連打で本気で走る。また、マルチプレイヤーでは×を長押ししなくてもスティックを倒すだけで走る。×を押すと、本気で走る{連打の必要なし})

乗り物における特徴
衝突ダメージ表現がよりリアルになり、少し接触しただけでも衝突箇所が凹み、激しく衝突するとエンジンが掛からなくなったり、更にダメージを受け続けると過去のシリーズ同様大破し最終的に炎が出てきて爆発する。
柱や壁などに激しく衝突すると運転席からフロントガラスを突き破って吹き飛ばされるようになり、メガネや帽子も吹き飛ぶ。一般車両などのドライバーも同じく衝突時に前へ飛ぶことがある。
SAまでは車両が被弾してもガラスにヒビが入るか割れるだけだったり、タイヤに被弾するとパンクするのみであったが、本作ではガラスに被弾するとその箇所にクモの巣状にヒビが入ったり、車体に穴が空くなどの表現が追加された。また、タイヤに被弾した状態で暫く走行するとバーストしてホイールだけになる
乗用車等の操作感覚がシビアになり、運転するには相当のテクニックを必要とするようになった(サイドブレーキを引いて曲がろうとすると大抵スピンを起こす。なお従来のシリーズではMODで改良を加える以外にABSが実装されていない為ブレーキを掛けるとタイヤロックが掛かったが、IVでは殆どの車にABSが装備されているようで、ロックが掛からない)。
特定ミッション完了後、タクシーに客として乗れるようになり、マップアイコンのある場所まで運んでくれる様になった(初乗り運賃は2ドルで、遠距離だと30ドル、高くて50ドル掛かる事もある。因みにミッションの目的地などへも行くことが出来る)。
列車(ただし乗客として乗る事はできる)、飛行機に乗れなくなった(ヘリコプターは存在する)。また、戦車や自転車が削除された。
従来作では車両が横転すると爆発・炎上したが、IVでは横転しても爆発・炎上はしない。そのため他の車両で押すことによって横転した車両を復帰させることができる。
SAで登場した車両の改造が出来なくなり、塗装屋で車両を塗装すると時間が掛かるようになった(塗装屋は一定ミッションが完了しなければ利用できない)。しかし本作では車両ごとにグレードが設定される等細かい違いが存在する(例を挙げるとPRIMOのエアロパーツ+ゴールドホイール等)。
ハイウェイに料金所が存在し、停車して料金(5ドル)を支払う事が義務付けられた。そのまま強行突破した場合手配レベルが1になり、追跡される事となる。公務を行う車両(警察車両・消防車・救急車等)であれば無料で通過可能である。
本作からGPSが実装され、ミッションなどで車両に乗車するとレーダーに道順が表示される。設定を変えれば道順を示す声も入る
従来では車庫で車を保管できたが、IVでは車庫が廃止された代わりにパーキングスペースに入れることによって保管できるようになった。

ゲーム進行における特徴
警察関係車両にあるホストコンピュータにアクセスすると警察ミッションができる。また、指名手配犯一覧から手配犯を選択して処刑するミッションもある
パソコンで仮想のインターネットに接続する事が出来るようになり、パソコンでのメールはストーリー上でも重要な意味合いを持つようになった。普段はインターネットカフェで行うが、一部セーフハウスではノートパソコンから接続が可能。
Xbox 360版では50の実績解除の要素があり、特定条件を満たすと特殊スキルを取得できるものもある。
PS3版ではXbox360版と同条件の51種類のトロフィーコレクションがあり、こちらでは1種類追加されている。
また、PS3版のみの特権では乗り物の動作をモーションセンサーを使うことで車を運転したり、ヘリコプターの姿勢制御などを直感的に動かすことができる。
ミッションを失敗してやり直した場合、同じミッション内容だがキャラクターの会話が違う部分がある。
指名手配システムが一新された。前作までは手配されたら賄賂を払うか塗装屋に行かなければ手配度が下がらないが、今回手配されるとマップ上にプレイヤーを中心とした円状の指名手配エリアが表示され、同時に警官・特殊部隊員の位置が表示される。表示された円から外へ出て一定時間が経つと手配レベルが消滅し、通常の状態に戻る。しかし、たとえエリアから一旦出たとしても、再度警官又は特殊部隊員に接近すると、エリア範囲が再びプレイヤーを中心にした状態に戻ってしまう。今回塗装屋は警察の視界に入っていない状態(塗装屋周辺に警官やパトカー、ヘリコプターがいない状態)で入ると手配レベルが消える。
周辺に警官がいる状態で入っても手配レベルは消えず塗装もしてもらえない。

手配レベルを消す賄賂アイコンが今作では、廃止された。
リバティーシティには“ランダムキャラクター”という人物たちが登場する。マップ上の特定の場所にランダムで出現するキャラクター達。プレイヤーが近づくと会話ムービーが始まり、プレイヤーは彼らを手助けすることになる。それぞれのキャラクターには出現条件(曜日および時間帯)がある。しかしそれを満たしても、必ずしもその場所に居るわけではなく、居る場合はプレイヤーが現地に近づくとマップ上に人型の青いマーカーが出る。多くのキャラクターには複数のミッションが用意されていて、そのたびに同じ人物でも出現場所が違ったりするので、全員を自力で探し出すのは難しい。ちなみに彼らも他のキャラクターに負けず劣らずなかなかの曲者ぞろいである。
一部のミッションでは敵対している人物を生かすか殺すか(あるいはどちらを殺すか)をプレイヤーが選択する場面が存在する。生かしておいた場合、友人になったり、先述のランダムキャラクターとして再登場することがある。

ラジオ局・サウンドトラック
集ダウンロードコンテンツ
ロックスターゲームはGTAIVのダウンロードコンテンツとしてThe Lost and Damnedを2009年2月17日に配信を開始すると発表した。価格は未定である[2]。このダウンロードコンテンツはXBox 360のみの配信となる。The Lost and Damnedは全く新しいシナリオになり、主人公もニコ・ベリックから代わって、新しい主人公はバイカー・ギャングのJohnny Klebitzになる。マイクロソフトはこのダウンロードコンテンツをXBox 360独占契約にするため、ロックスターゲームへ5千万ドルの契約金を支払っている。日本語版の配信予定は発表されていない。

備考・不具合等
当初2007年10月の発売予定であったが、2008年4月29日に延期となった。
発売直後からプレイ中または読み込み中にフリーズを起す事案が発生、ゲーム関連フォーラムに報告が殺到する事態となった。殆どがPS3版(Rockstar社のサーバーがトラブルを起こした状態で自動的にアクセスを行なう為、ハングしてしまう)だが、Xbox360でも発生している。[3]
※ちなみにPS3の場合はPlaystation Networkのアカウントをログアウトさせるか、LANケーブルを抜くことで回避できる。この案件については後日修正パッチが配布された。
GTAシリーズでは発売直後から何かと問題を起こす事がお約束(バイスシティでのハイチ人による抗議やサンアンドレアスにおける性的シーン疑惑等)であるが、このIVでも内容的に飲酒運転が出来る事から、アメリカの飲酒運転防止活動団体MADD(Mothers Against Drunk Driving 直訳すると飲酒運転防止母の会)が、ESRB(アメリカのレーティング団体、日本のCEROに相当する)に対し、現行のM(Mature)(17歳以上対象)の販売レーティングをAO(Adult Only))に変更するよう要請し、発売中止を求めている。[4]
※なお、AOレーティングになると、アメリカの一般量販店での取り扱いはしない傾向がある。また、前作サンアンドレアスでも性的疑惑シーンによりAOになった経緯がある
発売初日で3億1000万ドルの売り上げを記録、Halo3の記録を1日で破った。さらに1週間で600万本以上を販売し、これによる収益は5億ドル以上とされており、エンターテインメント業界の売り上げにおいてギネス記録を更新した(これまでの過去最高はJ・K・ローリング著作の『ハリー・ポッターと死の秘宝』で、発売後24時間で2億2000万ドルの売り上げ)。以上の評価の高さから、前作のGTA SAの2150万本の記録を抜くのはほぼ確実と見られている。[5][6]
PC版は当初北米で11月18日、欧州で11月21日に発売される予定だったが10月30日頃に、北米で12月2日、欧州で12月3日に延期することが発表された。[7]
PC版が発売された当日、相当数の苦情(「インストールできない」「起動できない」「画像がおかしい」などの類)が殺到、急遽nVidia、ATiからβドライバーの製作が行われ、画像関係は改善(と言ってもマシな程度)されたものの、第一回のパッチ配布がGames for Windowsへの認証の関係から遅れる事となり、ファンが大激怒する事態となった。日本語版Windowsではインストール画面が文字化けしているのは対処の仕様がなく、また起動エラーを起こした時のエラーメッセージも文字化けしている状態はパッチ後でも変わっていない。その他、Alt+Tabなどで画面を切り替えてしまうと、元に戻った後字幕などのオーバーレイが一切表示されずにゲームが続行不可能になる、特定のゲームパッドを接続しているとロードが永遠に終わらないなど未だにバグは残ったままである。
要求スペックが非常に高い。最低環境でデュアルコアCPU+メモリ512MBのグラフィックボードを要求されるが、この条件を満たしてもGeForce7950GT程度のグラフィックボードでは、最低設定の30fps以下しか出せない。最高設定では、クアッドコアCPU+メモリ2GBのグラフィックボードが必要とされているが、発売当時にメモリ2GBのグラフィックボードが存在しなかったことも含め、Crysis以来の「最高設定にしたくても不可能」なゲームとなっている。
Steamでもダウンロード発売されているが、現在のところ日本からは購入できず、アメリカ等一部の国からのみ購入可能である。

日本語版
日本語PLAYSTATION3版およびXbox 360版がカプコンから2008年10月30日に発売された。この日本語版には前作のGTA SAなどにあった表現の規制はないとされている。

また、日本語のマニュアルが付いたPC版が2008年12月11日にサイバーフロントから発売された(ソフト自体は英語版のままでローカライズされていない)。

また、CEROの審査を受けたパソコンゲームとして初めて「Z(18才以上のみ対象)」の区分となった。

2009年01月24日

体のジェネレーターが生み出す莫大


ドール ワーカー イエロー コヒル ナツメグ トリックス パントリ スプーン パハク ツイン イートイ しゃみ プリズム リンゴ ストロベ チュー オムライス 冒険家 サイメッ チュートリ チョン フェニ キャン ファンブル フィス サザン ビエラ デパー 木綿のハン コイズ ラウンド ジンコール パフス マザー オシレー にっけ ベンチ こかげ チョッキ 日本全国 ユニタ タグカード オプテ ユトレ アドイン フリゲート 極楽トンボ トルリン ワスレナ フェミ
本機は戦艦級の火力を有している。多数の高出力火器を同時にドライブすることが可能であり、長距離射撃から白兵戦闘にまで対応した機能を備える。

ハイメガキャノン(出力50MW)
機体のジェネレーターが生み出す莫大なエネルギーの大部分を、新開発のメガコンデンサーによって凝縮、高密度のメガ粒子を開放する広域エネルギー放射兵器である。その出力はコロニーレーザーの約20%に相当するとされ、MSが最終装甲内に装備する武装としては最強クラスの威力を有する。一射ごとのエネルギー消費量が大きく、連続使用は不可能である。
就役した時点では、ハイメガキャノンは調整が不十分な状態のまま実戦投入されていたため、使用時におけるコンデンサーやジェネレータへの負荷が問題点となっていた。特に、最大出力で使用した場合、出力が一時的に低下し、機能回復に数分程度を必要とした。[1]
本機の頭部ユニットは就役後も頻繁に改修を施された部位であり、ハイメガキャノンの性能自体も逐次更新され、容量やエネルギー効率の改善が図られている。第一次ネオ・ジオン抗争後期の時点では、ハイメガキャノンの使用による出力低下の問題は、ほぼ解消されていた。キュベレイとの交戦時や、木星宙域におけるドーベン・ウルフ隊との交戦時には、ハイメガキャノン使用後も機体の出力低下を起こすことはなくなっていた。それにともない一時的に機体が行動不能になる現象も初回のハイメガキャノン射出時だけとなり、その後はハイメガキャノン射出時も行動可能となる。
ネオ・ジオンの旗機であるキュベレイとの交戦時には、パイロットのテンションの上昇に応じてハイメガキャノンの出力が定格性能を超えて増大する事例が見られたが、原因は明確にされていない。その際に砲口周辺の装甲が溶解しているが、これはあくまでイレギュラーな事態によって生じた現象であり、ハイメガキャノンの設計自体に欠陥がある訳ではない。
従来であれば、大型戦艦の主砲クラスの兵装でなければ実現し得なかった大出力火器をMSの内蔵兵器として納めたという点では画期的なデバイスであり、高機動・重火力の両立という本機の機体コンセプトを象徴する兵装である。
2連装メガビームライフル(出力10.6MW×2)
本機の主兵装。別名ダブルビームライフル。デバイス内に複数のジェネレーターを持ち、更にMS本体からのエネルギー供給を受ける(構造的に腕部エンジンと直結する)ことで、MS用手持ち携行火器のサイズに収まりつつもメガバズーカランチャーに匹敵する威力を有し、更に連射を可能とする非常に強力な兵装となっている。ライフルと銘打っているものの、その実態はジェネレーター直結式の連装メガ粒子砲と呼ぶべき兵装である。砲身は200射程度の使用が可能であるとされている。
大火力の兵装だが、マニュアル操作で出力及びビームの収束率の調整が可能であり、運用に柔軟性を持たせている。
携行火器としては破格の威力を備えており、一度の砲撃でMS数機を破壊し、 かすめただけでもガンダリウム製の装甲を溶解させる威力がある。ビームの減衰が激しい大気中においてもその威力は健在であり、一射でドライセンを爆砕したほか、大型MSであるザクIIIの半身を吹き飛ばしている。
Gフォートレス及びコア・トップ形態時には機首となり、専用のコクピットも設置されている。但し、MS形態時には乗員に危険が及ぶことから、こちらは専ら整備用 / 緊急用とされている。しかし、外観的に最も「コクピット」と捉えやすい事もあってか、実際の運用例においては、この部位にパイロットが搭乗する場面も多々見られた。
その機能・外見と、ΖΖガンダムの上半身と合体する事から、Gファイターの前部Aパーツを小型化し、ライフルとして運用出来るようにしたものと考える事もできる。
ビームキャノン / ハイパービームサーベル(出力10MW / 1.1MW)×2
バックパックにマウントされた、ビームキャノン(別名ダブルキャノン)とビームサーベルの共用機構を備える兵装。
キャノンモードでは2連装メガビームライフルに匹敵する出力があり、長射程を有する。マウント部の自由度は高く、自在に砲身を操作できるため、固定武装としては広範な射角を有している。
サーベルモードでは一般的なビームサーベルに比して50%増しのビーム刃を形成する能力があり、高級なガンダリウム・コンポジット装甲であっても容易に破断することが可能である。MS程のサイズもある隕石を丸ごと両断した他、重MSであるドーベン・ウルフ数機を一振りでなぎ払う程の威力がある。ジュドーはその出力を活かし、斬撃によって敵機のビーム射撃を相殺している。この武装も、頭部ハイメガキャノン同様に定格性能以上の出力増大が確認されているが、詳細は不明である。
21連装ミサイルランチャー×2
一基あたりAMA-13Sミサイル21発を搭載する。このミサイルは熱誘導式であり、照準時に標的のスラスターの噴射熱を記憶するため、太陽やフレア弾などに妨害されることがない。
当時はビーム兵器の高出力化に伴って耐ビームコート、Iフィールド等の防護装備も高度化していた。そのため、ビーム兵装のみに依存せず戦術に幅を持たせる為に装備された。
ダブルバルカン×2
頭部に内蔵された2門1対のバルカン砲で、計4門を備える。MSの装甲に対してはさほど有効ではないが、主に牽制時に威力を発揮する。この武装は頻繁に改修を施され、時期によって口径や装弾数が変化していたと考えられている。
ウイングシールド×2
両前腕部にはウイング・バインダーを装備し、Gフォートレスおよびコア・トップ形態時には主翼となる。このバインダーはシールドとしての使用も可能であり、特にウイング部を二枚重ねにした場合には、単機能のシールドに勝る強度を備えている(取り付け基部にビームが直撃した際には破損している)。また任意で着脱が可能であり、投擲兵装としても使用できる。ただし、主翼と兼用であるため、損傷した場合には大気圏内飛行性能に影響が生じる。緊急避難的意味合いから、重要部分への被弾を避けるためにシールドとしての機能を備えているが、これはあくまで変形機構に伴い機体全体をシステムと捉えた上での善後策として付与されたものである(コクピットへの直撃を避けるために、ライフル等の装備品を盾代わりに用いることは珍しいことではない)。本来の機能としては、主翼 / バインダーとして稼動し、ダメージコントロール用の兵装として、運動性の向上による被弾率の低減に主眼が置かれたものである。両肩部ラッチには10連装ミサイル・ポッドを増設する仕様も存在する。
^ 劇中ではハイメガキャノン初使用時において、発射後一時的に出力が低下する現象が見られた。

フルアーマー・システム
ドッキング部位の接合強度を向上させ、さらなる多機能化を計るためのフルアーマー・システムも機体と同時進行で開発されている。本機のフルアーマー・システム(フルアーマーΖΖガンダム)はMS形態における機能向上に主眼を置いた追加パーツであり、装甲強化に加え火力及び機動力の増強を兼ねる複合的な強化ユニットとして機能する。この追加パーツは本体フレーム及びコア・ブロックの応力負担を補佐する設計であり、機体剛性が大幅に向上する。同パーツ装着時には基本的にGフォートレスへの変形は不可能となる。しかしMSとしての機体バランスは非常に良好であり、空間戦闘に特化した仕様としては、むしろこちらの形態こそが真の完成形と言える。また、システムは任意の強制排除も可能であり、分離・変形にも支障をきたすことはない。

仕様変更
第一次ネオ・ジオン抗争終盤、本機は全面チューンアップが施され、若干の仕様変更が為されている。この仕様を強化型ΖΖガンダムと呼ぶ。また、その状態から更に重火力支援システムを追加装備した仕様をフルアーマーΖΖガンダムと呼ぶ(詳細は後述を参照のこと)。

劇中での活躍

第一次ネオ・ジオン抗争(『機動戦士ガンダムΖΖ』)
グリプス戦役終結後、エゥーゴの巡洋艦アーガマはサイド1・1バンチのコロニー「シャングリラ」へと寄港する。その際、疲弊した戦力を補う為、ジュドー・アーシタを始めとするシャングリラの少年少女達を新たなクルーとして招き入れる。同時にアーガマはΖΖガンダムの中枢であるコア・ファイターをラビアンローズより受領する。出航後、更にBパーツであるコア・ベースを受領、配備する。その後の戦闘で、アクシズ士官マシュマー・セロの搭乗する重MSハンマ・ハンマの攻撃でΖガンダムが稼動不能となる。この際、ジュドーの仲間であるイーノ・アッバーブが最後のパーツであるコア・トップを搬送しつつ、戦闘空域に到着する。ジュドー搭乗のコア・ファイターは、戦闘中にコア・トップ及びコア・ベースとの合体を実施し、新型MSΖΖガンダムへと変形する。この初戦でΖΖガンダムは圧倒的な威力でハンマ・ハンマを撃破した。以後、ΖΖガンダムはいわゆるガンダム・チームの中核として、第一次ネオ・ジオン抗争下で実戦運用される。

実戦配備されたΖΖガンダムは、主席パイロットとなったジュドーの才覚もあり、R・ジャジャやバウといったアクシズのエース機を次々と撃破していく。ジュドーはΖΖガンダムを巧みに操り、ネオ・ジオンのニュータイプ少女エルピー・プルが搭乗するニュータイプ専用MSキュベレイMk-IIとの交戦時には、ファンネルによる攻撃にも怯まず応戦している。アクシズ随一のベテランパイロットであるラカン・ダカラン駆るドライセンによる急襲を受けた際には、ジュドーはラカンの卓越した技量の前に苦戦するものの、仲間の助けもあり、これを退けている。

地上へと降下した後、ΖΖガンダムはネオ・ジオンによって制圧された連邦議会都市ダカールを目指し、ガンダム・チームと共に砂漠を横断する。途中、幾度か旧ジオン残存兵力の手錬達の操る局地戦用MS部隊による襲撃を受けるものの、ΖΖガンダムは過酷な環境下においても戦い抜き、これらを打ち破っていく。

ネオ・ジオンはダブリンにコロニー落としを実行し、避難民救出の為にコア・ファイターにて出撃したジュドーは、ラカン・ダカラン率いる制圧部隊と遭遇する。新型の重MSザクIIIを操るラカンは合体中の隙を突いてジュドーのコア・ファイターに迫る。その際、カラバを指揮するハヤト・コバヤシの援護により、ΖΖガンダムは辛くも合体に成功するが、ハヤトの機体はラカンによって撃墜される。ジュドーは怒りを爆発させ、ラカンとの壮絶なドッグ・ファイトを展開する。しかし、直後にコロニーが地表に落下し、周囲は閃光に包まれる。爆風の中、ラカンは尚もΖΖに襲い掛かるが、ジュドーの気迫はラカンを圧倒し、これを退ける。それと前後し、ネオ・ジオン巡洋艦サンドラよりサイコガンダムMk-IIがアーガマ追討の為に出撃する。そのコクピットにはエルピー・プルの双子の姉妹と言うべき強化人間プルツーが座していた。ΖΖガンダムはサイコガンダムMk-IIとの空中戦を展開するが、熱核反応炉の過熱が限界値に達し、出力が低下し始める。徐々に劣勢に追い込まれ、サイコガンダムMk-IIの一斉砲撃がΖΖガンダムを襲った際、プルのキュベレイMk-IIが両機の間に介入する。キュベレイMk-IIはΖΖガンダムの盾となって直撃を受け、爆散してしまう。プルを失ったジュドーの怒りに応じてΖΖガンダムのパワーは上昇し、サイコガンダムMk-IIを撃破した。

2009年01月17日

アンドラゴラス三世

第1部が始まった時点での第18代国王。王太子アルスラーンの父親で王妃はタハミーネ。44歳。剛勇無双の持ち主で歴戦の勇者。王位に就く前の大将軍時代にバダフシャーン公国を併合する。剣だけでなく鉄鎖術も巧みである。剛腹だがやや狭量な性格で、為政者としては武に偏り、内政面ではナルサスらの諫言を聞き入れず不正・腐敗を許すなど、君主としてあまり優秀とは言えない面もある。また、海上交易にもあまり興味を示さず、後にナルサスに乗じられる事となった。ルシタニアとの戦い「第一次アトロパテネの戦い」において、ルシタニアに敗北し虜囚となる。エクバターナ解放戦の折にイノケンティス7世とともに死亡。
[第2部]
修復された王墓に新たに埋葬されていたが、地行術(ガーダック)により遺体が盗まれる。
オスロエス五世

久兵衛 弁慶国内 ユニット ノール とうもろこし レーズン おっくう ジャル パイダー デザート カメオ 四ツ溝柿 ドヤム ハマー ジグ ブルー フライス デリー トレイル 養老 チロリ パンテ スパイラル ティッカー イール シドニー ハナタ フィッ ノンド キーロガー シャワ バクー国内 プレーヤー ピエタ タリン 白い香 オリーブ ライプ カップル 眠り姫 ネブラ リンス 待ちぼうけ ワースト スマート フリーレ ドックス デッサン ズバー

[第1部]
パルス第17代国王。アンドラゴラス三世の兄でヒルメスの父。第1部開始時点ですでに故人。
ゴタルゼス二世

[第1部]
パルス第16代国王。オスロエス五世とアンドラゴラス三世の父。第1部開始時点ですでに故人。内政・外交ともに優れた手腕を示し、「大王」と呼ばれたが、とにかく迷信深いという欠点もあった。彼が若かりし頃にある予言を受け、それを盲信してしまった事がパルス混乱のきっかけとなった。

武将・役人など
ザンデ

[第1部]
万騎長カーラーンの子。父カーラーンの死後はヒルメスの側近として活躍する。年齢は20歳くらいの剛力を誇る巨漢で、剣よりも棍棒や槌鋒(メイス)をよく使う。ヒルメスの正統性を心から信じ、絶対の忠誠を誓っている。斥候を用いて情報にも通じ、単なる膂力だけの男ではない事はヒルメスも認めている。
[第2部]
ヒルメスを探してミスルにたどり着き、黄金仮面の下で反アルスラーン派のパルス人を束ねてパルス人部隊の指揮官となる。しかし、黄金仮面がヒルメスの名を騙る偽者であると見破ったため、ミスル国王の命を受けた将軍マシニッサに追われる。最期はマシニッサに騙し打ち同然に討ち取られる。
カーラーン

[第1部]
アンドラゴラス三世の下での万騎長であったが、先王オスロエス五世の遺児であるヒルメスの正統性を信じてアンドラゴラス三世を裏切り、ルシタニアの侵略に協力した。ヒルメスの下で大将軍(エーラーン)を称するが、ナルサスの策略によっておびき出され、ダリューンと戦って落命する。ザンデという息子がいる。
ヴァフリーズ

[第1部]
第一次アトロパテネ会戦時点での大将軍(エーラーン)。ダリューンの伯父。アンドラゴラス三世の腹臣中の腹臣でありながら、アルスラーン、ダリューン、ナルサスにも理解を示す、懐の深い老将。アトロパテネ会戦に先立ち、甥のダリューンに対してアルスラーン個人への忠誠を誓わせる。第一次アトロパテネ会戦後に敗走するアンドラゴラス三世を庇うため手傷を負ったままに、ルシタニア軍の銀仮面(ヒルメス)に討たれる。
バフマン

[第1部]
アンドラゴラス三世の下での万騎長。大将軍ヴァフリーズとは戦友であり親友の間柄で歴戦の老将で、62歳の年齢は万騎長の中で最年長。髪も髭も灰色ではあるが、身体は老人とは思えないほどたくましい。かつてはヒルメスの教育係でもあったらしい。ルシタニアの侵攻時にはペシャワールにいたため、第一次アトロパテネ会戦には不参加。ヴァフリーズよりアルスラーン出生の秘密を知らされ思い悩む。ヒルメスがペシャワールに侵入して発見され、危機に陥った時、バフマンの思わぬひと言がヒルメスを救い、アルスラーンに衝撃を与える事になる。その後、アルスラーンと共にシンドゥラの王位継承戦役に参戦したが、ガーデーヴィの投げ槍に貫かれ、秘密を語らぬままに戦死する。
シャプール

[第1部]
アンドラゴラス三世の下での万騎長。イスファーンの異母兄。儀礼や形式、騎士道を重んじる人物。同じ万騎長のクバードとの不仲は有名で、列に並ぶ時には必ず両端に離れて立つと言われるほど。第一次アトロパテネ会戦でルシタニアの捕虜となる。エクバターナの城門前にて、ボダンによる拷問の最中にパルス軍によって殺されることを望み、ギーヴの放った矢によって射殺された。36歳。